さまよえるLOVEずっきゅん

大阪の広告制作&ライター事務所 ラッキー・スター。 コピーライター&ライターが気まぐれに綴るたわごと。

仕事の話ではない話

I LOVE Z400FX part3

つらい別れから10年後、私は再度FXに乗ることにした。
33歳の頃だ。
独立して2年、WEB関連での仕事で毎月そこそこの収入が得られ、
金銭的に多少の余裕もできた。
今なら買える、そう思った私はプレミア価格のZ400FXを買った。
1979年式の赤1色、以前乗っていたタイプとまったく同じである。

FXは発売当時40数万円であったが、生産終了後プレミアがつき始め、
私が買った平成9年には80~90万円が中古市場での相場だった。
今はどれくらいで売買されているのかわからない。

買ったのは四条畷にある中古バイク専門店である。
その店は「旧車」とよばれる1980年代以前のオートバイばかり集めた店で
特に店長の趣味であるらしいが、古いモンキー(Z50Mとか)が
何十台も並べられていた。
中型以上のオートバイも、ホークⅡ、GT380、KH400、Z2、
CB400F、その他である。
よくぞまあこれだけ・・・まるでタイムスリップしたかのような光景である。

その店でFXを買い、2回目のFXライフが始まった。
しかし、その生活は2年で終わることになる。

FXはとにかく目立った。
走ればあちこちから熱い視線が向けられる。
部品を買いにパーツショップに行くと、
たちまちうちに原付小僧たちが群がってくる。
2人乗りの原付小僧に追いかけられて、信号にひっかかった時に
「降りろ」とからまれたこともある。
その時は暴力沙汰に近い段階まで進めて、どやしあげて退散させた。

FXを保管していたシャッター付ガレージも鍵をこわされたことがある。
幸い解錠できなかったようで侵入はされてなかったが、
家主に頼んで別のガレージに引っ越しをして、
FXを出し入れする際には、まず周囲を見回って誰もいないことを確認し、
すばやく出し入れを行うようにした。
さらに念のためガレージにセコムの防犯システムをつけられないかと
問い合わせをしたこともあった。
電話回線がないと無理とのことで、これはやむなくあきらめた。
そんなこんなで2度目のFXライフはどきどきはらはらの毎日となった。

心配と不安にさいなまれる毎日が続き、精神的に疲弊した私は
FXに乗っても以前のようなわくわく感はほとんどなかった。
盗まれないだろうか、そんな思いばかりがつのった。
そして、車検が切れると同時に、私はFXライフにピリオドを打った。

あれからまた10年が過ぎた今、もう一度FXに乗ろうとは思わない。
ただ、FXは今でも好きだ。
「FX」と聞くと金融商品のあれより先にZ400FXを思い浮かべる。
たぶんこれからもずっとそうだろう。

I LOVE Z400FX part2

Z400FXの話の続きである。

中古とはいえ、以前の持ち主が丁寧に乗っていたのか、
私のFXはエンジンをはじめ不調はほとんどなかった。
ただ、半年に1回のペースでクラッチワイヤーが切れた。
近くのバイクショップでは部品を取り寄せるのに日数がかかるので、
部品の在庫が豊富なカワサキ専門のショップまで行くことにしていた。
そのショップは藤井寺にある。
大学生の頃はその近所(富田林)に住んでいたのでまだ楽だったが、
卒業して新大阪に引っ越してからは、新大阪-藤井寺間を
クラッチを使わずに走ることになった。

まず、ギアをニュートラルにした状態でエンジンをかけ、
そのまま押して走り、すばやくまたがってギアをローに入れ、
以降はタコメーター(エンジン回転計)を見ながら、
エンジンの回転数を目安にしてクラッチを使わずにギアチェンジをする。
信号等で停車する際は、ギアをニュートラルに入れて停め、すぐに降りる。
そして信号が変わると同時に、車体を押して勢いがついたところで
またすばやく乗車してギアをローに入れて、その繰り返しで走るのだ。
そうやってショップにたどりついた私を、店員はいつもあきれた表情で迎え入れた。

FXと別れることになったのは2年後である。
車検の時期になったのだが、その費用がない。
当時私はある病気で会社を休職することになってしまっており、
車検費用どころか、生活費にも事欠く状況であった。
そのため、車検を受けずにFXを売ることにした。
さんざん迷い悩んだが、背に腹は代えられない。
いつかまた必ず買い戻すからな、と自分に言い聞かせ、
松屋町筋の「オートバイ通り」に行くことにした。

「ごめんな、また必ず乗るからな」
たたずむFXを眺めながら私は何度もつぶやいた。
そしてエンジンをかけようとしたがかからない。
セルが回らないのだ。
確認するとライトやウインカーなどの電装系がすべて動かない。
バッテリーあがりだった。
ガソリンスタンドで充電してもらい、発信することができたが、
その前日まで快調に走っていたのに、その日急に動かなくなったのは
もしかすると「売らないでくれ」「別れたくない」といった
FXの私に対する抵抗だったのかもしれない。
そしてその日私はFXと別れることになった。

I LOVE Z400FX 

実は、オートバイが大好きだ。
これまであれやこれやと乗り継いだ。
シャリイ・ダックス・シャリイ・Z400FX・フリーウェイ250・
R&P・シャリイ・リード90・VT250Z・TZR250・Z400FX・
Z900RS・チャピイ80・シャリイ・リード90・フリーウェイ250。
そのうちで最も惚れこんで入れ込んで、まさに愛車としたのがZ400FXである。

400㏄にしてはひとまわり大きく思える車体、角ばった武骨なデザインフォルム、
低くうなる排気音、それらのすべてが私を魅了した。

初めてその存在を知ったのが高校1年(1980年)のことである。
その前年に世に出たその「FX」はたちまちうちに少年たちのあこがれの的となった。
当時、そのライバルとしてヤマハからXJ400が登場したが、
FXのほうが人気が高かったのではないだろうか。

いいなあ、かっこいいなあと憧れ続けて5年後、
20歳になったため保護者の同意なしでローンが組めることになった私は、
アルバイト先を勤務先であるようにして、
中古のFXをローンで購入した。
1979年式、初期型の真っ赤なタイプである。
マフラーは集合管に交換し、フェンダーとハンドルグリップも赤いものに替え、
シートにはシャギーを貼り、ウインカーはヨーロピアンタイプの小型のものにして、
タンクのエンブレムは現行の「Kawasaki」ではなく、
旧型の「KAWASAKI」に取り換え、なかなかいい出来栄えになった。

外見だけでなく、FXの乗り心地は最高だった。
乗せられているといった感覚はなく、乗りこなしていると感じられた。
車体は大柄だが、とりまわしはさほど苦にならない。
スピードを落としてコーナーを曲がる時など、
地面と一体になったかのような不思議な感覚でスムーズに回れた。
そんなことで、転倒したことは一度もない。
時期は違えどやはりFXに乗っていた私の友人2人は
それぞれが事故を起こしてFXから降りることになっている。
そんなことがあったため、乗るまでは
「FXは重いし、乗りにくいのだろうか」といった懸念と不安があったが、
実際に乗ってみると相性がよかったのだろうか、
それ以降に乗ったどのオートバイよりもいちばん乗りやすかったと思う。
ギャラリー
  • 大阪コピーライターズクラブ
  • 大阪コピーライターズクラブ
  • どうすべきか考える
  • 宣伝会議賞リタイア寸前
  • オリックス・バファローズあるある 絶賛発売中
  • てへぺろ
  • 複雑な怒りの気持ち
  • オリックス・バファローズあるある 発売1か月後
  • 捨てた日も、散歩と思ってよろこんで出かけて行った
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ