さまよえるLOVEずっきゅん

大阪の広告制作&ライター事務所 ラッキー・スター。 コピーライター&ライターが気まぐれに綴るたわごと。

2014年06月

コピーを書く作法と流儀

コピーライターから作家に転身された方は何人もいらっしゃる。
中にはもともとが作家志望で、そこにいきつくまでに
コピーライターを経験された方もいるかもしれない。

コピーライターっては、
キャッチコピーを書いてそれで終わりというわけではない。
私は「本文」と称しているが、ボディコピーを書くことも必要になる。
そのボディコピーを簡潔に書くには、
それ以上に長い文章を書き、それを削ったり、加えたり、
もみほぐしたり、固めたり、つついたり、ころがしたりを繰り返す。
ボディコピーはいらない、キャッチコピーだけをくれといった仕事であっても、
まずボディコピーを書き込んでからキャッチコピーを書く。
いきなりキャッチコピーを書くことは少ないし、苦手だ。

その作業を続ける中から、
ボディコピーにリンクしたキャッチコピーが生み出されることになる。
私は実務においてはいつもその手法をとる。
長い文章を書くには、その商品やサービスを深く理解しなければならない、
理解したうえで文章を書かなければ、
中身のない薄っぺらな軽いふわふわのコピーになってしまうからだ。
「いや、これはね、こういう意味で」といちいち説明しないと意味がわからない、
あるいは、うーん・・・としばらく考えなければ意味がわからない
そんなコピーなど書きたくないのだ。
広告文を真剣に読み込んで理解しようとする方がどれだけいるというのか。
本や雑誌を読むのではない、広告だ、芸術作品でも文芸作品でもないのだ。
能動的なアクションで見ることなどほとんどないと思わなければならない。
そんな状態にある方に対して、薄く軽い表現など頭に残らんだろう。

練り上げて土台から鍛えて作ったコピーは、

さほどひねりや言いまわしに工夫をしたわけでもない

ストレートに近い言葉であっても、

記憶に残る重みと、人を動かす強い力を持つものだと思っている。


昨年から広告修行のひとつとして、小説を書いている。

ひとつの物語を構成して、細部をていねいに書き込んで表現する、

その小説を書く手法は広告制作力に大きな力と影響を与えるだろう。

短いコピーの中に、深いストーリーがイメージされるような、

そんなコピーを次から次へと書きまくれるようになりたい。

捨てた日も、散歩と思ってよろこんで出かけて行った


doubutsu


前回、「ポエムみたいな広告」について書いた。
ゆるゆるだったりふわふわだったり、

その商品やサービスを遠まわりして表現しているのだが、
遠すぎて広告としての力がどれだけあるのかわからないといった、

そんな芸術作品感覚のコピーがあると書いた。


しかし、そんなコピーばかりではない。

強い力を持ち、心に突き刺さり、記憶に残り続ける、

そして最も重要であると思われる

「人を動かす」コピーも実際にあるのだ。


「ポエムみたいな広告ばかりだ」と揶揄されていたある広告賞において、

「人を動かす」強いコピーに出会った。

動物愛護団体の広告(ポスターと思われる)のキャッチコピー

「捨てた日も、散歩と思って よろこんで出かけて行った」


この一文を読み、涙を流した方も多くいるだろう。

そこまでいかなくても、しばらく考え込んだ方、

何度も読み返した方も多くいるだろう。

この1行に、すべてのドラマが凝縮されている。

飼い主の感情、犬の感情、その両者のせつない姿が浮かび上がってくる。


心に突き刺さり、記憶にとどまり、そして、

犬を飼っている方、これから飼おうとしている方はもちろん、

今はまったくその予定がなくても、

いつか自分が犬を飼うことになった方も、

犬と対峙した時、このコピーが頭に浮かぶだろう。

そして、もし捨てようと考えることがあっても、思いとどまる方がいるはずだ。

なんとかならないか、引き取り手はいないか、

安易に犬を捨てるという行為がどれだけ罪深いものか、

そう考えて、思いとどまる方がいるはずだ。

それは犬に限ったことではなく、猫や、その他の動物であっても同様である。


この広告は、それだけの力を持っている。

そして、コピーもさながら、ビジュアルも檻に入れられた1匹の犬の写真だけで、

奇抜さも仕掛けも何もない。


「うまいこと書いてるだろう」

「こんな表現って今までなかっただろう」といった

薄っぺらな言葉のいじくりや、

「こんなビジュアルって誰も考えつかないだろう」

といった得意満面な表情が一切見えない、

簡潔なストレートの表現である。


動物愛護団体の広告ポスターは、これまでいくつも見たことがあり、

この団体をはじめ、いくつかの団体の広告がさまざまな賞を獲っている。

しかし、これだけ簡潔な表現のコピーは初めてであり、

そして、これまで見た動物愛護関連のコピーのどれよりも強い。

強く記憶に残るだけでなく、

「捨てることができない」と抑制させる強い力を持っているのだ。

オリックス・バファローズあるある 発売

今朝、通勤の途中に本屋チェックをしてきました。
まずブックファーストの阪急梅田駅の店では
書棚のどこを探しても見あたらず、
やっぱり大きな書店でないと置いてないのかなと
ふと下を見たところ5冊か6冊ほど平積みになってました。...
うれしかったので、
その店でボクシングマガジンとボクシングワールドを買っていきました。
続いて東梅田駅近くの旭屋書店(小さい店)に行きましたら
ここではどこにも置かれておらず、
舞い上がって熱くなっていた私の心を落ち着かせてくれました。
大きな書店ではどういう扱いになってるか見に行きたいです。

アマゾンではまだ入荷待ちのようで、
まだ予約受付中になってるのですが、
ランキングはついてまして、
今朝の時点で本全体で3200位くらい、
スポーツ分野で120位くらいだったかな、
いやそれってけっこうすごいぞと思うのですが、
「買ったけど内容は期待はずれだったよ」とか
思われたらどうしようかと不安もあります。

20140616

「ポエムみたいな広告」に思うこと

詳細はめんどくさいので省略するが、
広告業界で、「広告コピーがポエム化している」という意見が
ちょっとした議論を巻き起こしている。
本来はその商品やサービスなどを説明する、

あるいは表現する広告コピーがポエムのようになっていると言われている。

ここで言われているポエムとは、

内容があるのかないのかわからないような言葉であるのだそうだ。


もちろんすべての広告コピーがそうだとはいえない。

中には何の飾り気もひねりもない表現であるが、

心に響き、記憶に深く残り、ことあるごとに思い出されるであろう

そんな強いコピーも実際にあるのだ。


そのポエム化を提議された方は、

ある大きな広告賞の受賞作品の中のいくつかに対して、

「ポエムっぽい」と投げかけている。

その広告賞はコンペではなく、実際に使われた広告が選考の対象であり、

制作者はプロの方ばかりである。

そのプロの方々が書いたコピーが「ポエムっぽい」と言われているのだ。


もちろん書いた方に言わせれば、

「これはこのような意図で書いたのだ」と企画意図を説明されるのだろうけど、

けど、企画意図を説明しないと意味がわからないコピーなど
広告コピーとして通用するのだろうか。

ゆるくふわふわなポエムのようなコピー、

「いや、これはこのような形で消費者に訴えかけてですね・・・」と

説明しようとすればいくらでもできる。

まず広告主に説明して理解させることが最初の仕事になるからだ。

それは説明というより、言葉や理屈を並べての説得に近いと思われるが。


広告は芸術作品ではない。

商品やサービスを広く知ってもらい、それらを売るための手段のひとつだ。

しかし、その部分を忘れて芸術に走る制作者がいることも事実だ。

「うまいこと書いただろう」

「こんな視点や表現は今までにないだろう」

そこには広告主のために動くといった目的意識はなく、

自分自身の自己満足、自己陶酔しかない。


商品やサービスを売りたいと考えている広告主、

それらを使う立場にある消費者、

そのどちらのことも考えず、

うまい表現をしよう、うまい言葉まわしをしようと考えている制作者の書いた

コピーになど、読む人を動かす、心に響く力がこもるはずがないだろう。


結局、ポエムみたいなコピーは

広告の本来の目的をはきちがえている制作者が
生み出しているのではないかと思うのだ。

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