大学を卒業して、いや、正確には卒業前からだが、
入社した広告代理店での仕事は営業職だった。
もともとは制作を希望してたのだが、
その会社に採用された全員が営業職として入社した。

その会社を退職した後、他業界の会社を経てまた広告業界に戻り、
いくつかの転職を経て、31の時に独立した。

自分はサラリーマンとして生きることは無理だと悟るまで
10年かかかった。
仕事ができるというだけでは、組織の中では評価されない。
最初の会社でわかっていたことだが、
いや、そんなことはないはずだ、と思っていた。
しかしそれは違っていて、
自分を納得させて、
1人で仕事をすることを選ぶまでに10年かかった。
ただ、その10年間で、
1人で仕事をして生きていく力をつけることができたと思う。

何もない状態で事務所を立ち上げた。
広告代理店の看板をあげて、1人で営業・制作・事務すべてをこなした。
自分で営業にまわり、もらった仕事は自分で原稿を作り、
自分で入稿に行って、自分で事務処理をする。
それを8年くらい続けて、思うところがあってボクシングジムを作った。
そのいきさつはジムのサイトに書いてあるのでここでは割愛する。

ジムが忙しくなり始め、事務所をジムの上階に移した。
新大阪から谷町九丁目への移転である。
新規の営業はやめて、広告代理店の看板そのままにしておいたが、
業態は少しずつ広告制作事務所として移行させた。
コピーライターの肩書で名刺を作ったのもこの頃だ。

広告業界に長くいるといっても、
業界の末端でふがふがしてたようなもので、
制作職のキャリアはないし、コピーの講座や学校に通ったこともなく、
先輩社員に教わったということもなく、
すべて自己流で、勝手に勉強してうだうだやって今に至る。
広告制作の勉強は、最初のうちは街にあふれている広告を
追いかけて分析することから始めたが、
それだけでは足りない、受け入れるだけでなく、
自分から発信することが必要だと、広告賞への応募を始めた。
それが5年ほど前のことだ。


( 続く )