さまよえるLOVEずっきゅん

大阪の広告制作&ライター事務所 ラッキー・スター。 コピーライター&ライターが気まぐれに綴るたわごと。

実務の広告と公募賞との違い

広告制作においていちばん大事なのは、
依頼先の要望に応えたものを作ることである。
それができていないと、
「何を聞いてたんだ」と怒られることになる。
それだけではすまず、...
「言ったことを正確に理解できないだめなやつ」とか、
「指示したことに従わない横着なやつ」と思われてしまう。
そうなるともう仕事をもらえなくなる。
だから、依頼先が
「サランラップが他のラップにくらべて優れている点」を
コピーにしてほしいと希望されているなら、
ラップの活用とか、ラップをめぐるドラマではなく、
他社製品とはこう違うんだという差別化を
文章にして、それをまとめた一文をキャッチコピーにする。
あるいは、「プリンといえば森永」と希望されるなら、
プリンそのもののコピーではなく、
プリンは森永がいいよと強く訴えかけるコピーを書く。

そうしないと、
「ラップの広告ではなくて、サランラップの優位性だよ」
「これじゃ、どこのメーカーのプリンにも使えるだろ」と
怒られてしまう。
そして、それだけでは終わらず、
「使えないやつ」「仕事ができないやつ」と思われる。

実務ではそうだ。
しかし、公募賞ではそのへんがいいかげんになっている
ことが多々見受けられる。
協賛企業が選ぶ賞ではさすがに課題のテーマどおりのものが
選ばれているが、審査員が選ぶ賞では、
この人たちは課題のテーマを理解して選んでいるのかと
疑わしくなるような作品が入賞していることも多い。
確かにコピーとしては優れているが、
依頼先の希望する内容とはかけ離れたものであるとか、
そういった意味だ。

今回の宣伝会議賞は課題社1社あたりの応募本数に
上限がつけられた。
応募する作品をしぼりこむ必要ができたわけで、
応募作品の質を上げるためという意図があるものと思う。
しかし、それをすることによって、冒険ができなくなる。
課題の意図どおりに作ったストライクのものも出すが、
大きく外れた暴投も混ぜて出そうといったことが
やりにくくなる。
全部ストライクゾーンめがけて投げるしかないなと。
課題のテーマから大きくはずれたものは投げにくい。

応募本数の上限設定は審査員側からの要望だと思うが、
そのような要望を出すのであれば、
審査をする姿勢もあらためてほしい。
コピーは芸術作品ではなく、商業広告である。
依頼先の希望がコピーに落とし込まれていなければ、
どんなに優れた表現であれ、それはコピーとはいえない。

「審判」と「審査」

今回のオリンピックだが、
いくつかの競技で誤審が起こっているようだ。
そのうちのいくつかは、
一度出された勝敗裁定がくつがえされることになっている。
中にはこれは誤審ではなく、故意ではないかといったものもあったようだ。
ある競技だが、一度出された勝敗裁定について
負けた側から抗議の提訴が出され、数日後に勝敗が逆転した例があった。
詳細は省略するが、
「誤審ではなく審判または競技団体が買収されていたのでは」
といった疑惑も浮かんでいるようで、たいへんなことになっている。
もしそのようなことが実際に起こったとなれば、
オリンピックのメダルの権威が失墜することにもなりかねないだろう。


そして話は変わるが、広告賞についても
意図的な操作ができるものがあるということをここで書きたい。
実際に操作されているかどうかは別にして、
操作が可能で、しかも実に簡単であるのだ。

ある地方で行なわれている広告賞がある。
その賞は、地元のプロが制作した、
実際に使用された広告が対象になる部門と、
出された課題に沿って広告ポスターを作る、公募部門とに分かれている。
そして、その賞の審査であるが、主催団体が行なうのではなく、
一般投票で決めることになっている。
数日間応募作品を一般公開して、
来場者にどれがいちばんいいか投票してもらい、
最多得票の作品に賞を与えるといった形式である。

この形式はいい意味で考えれば、広告の審査方法としては最良かと思う。
広告は芸術作品ではない。
広く一般に公開され、商品やサービスその他についての認知を促し、
購買につなげる、そのような目的がある。
そのため、ユーザーである方々にどれがいいか決めてもらうことは
広告の目的に即した審査方法だと思う。

しかし、それは全国規模、
あるいはそれに近い広い範囲で行なう場合にのみ該当する。
きわめてせまい範囲内でそれをやると、
組織票によって順位が左右されることになるからだ。
全国規模での投票であれば、たとえば熱狂的な投票者が出てきて、
1人で50数万円分のCDを買いこんで大量の投票をしたとしても
「焼け石に水」といったことで終わるだろうが、
地方のせまい範囲では超ぶっちぎりの断トツ1位になるだろう。

ちなみに昨年のその賞の公募部門第一位得票数は40票である。
40人が投票して1位になり、賞を獲ったということだ。

40票であれば、家族・親戚・友人・知人・
手当たり次第に声をかければ集まる数字である。
地元の者ではなく、地元に知人もいないといった場合でも、
アルバイトを集めて動員すればいい。
会場に行って、投票するだけの仕事であるし、
1人1000円も出せば十分だろう。50人、50票集めても5万円である。
それ以外に、純粋に「この作品がいい」と投票する方もいたなら、
その分がさらに上乗せされることになる。

これまでこの賞を受賞された方はそのようなことをしておらず、
また、その方々の職場の方やご家族、その他周囲の方も、
「あいつの作品だから」といった理由で投票していないと信じたい。

しかし、簡単に順位の操作ができる形式の審査を続けるかぎり、
「金で獲れる賞」というイメージはついてまわるし、
「そんな賞をもらっても何の価値もない」と思われるだろう。

そんな賞は俗に「しょーもない賞」と・・・

うーんやっぱり何かひとつくだらないことを書かないと
最後までシリアスに終わるのは私らしくないわな。
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